「あッ! あなたが靴岡くんね!」
 何だ? 俺には理解できない。教室前方のドア付近から俺の席めがけて、ムチン、ずるむちょぺたんぽんと上靴を慣らしながら一直線に歩いてくる美少女はいったい誰なんだ?
 何となく見たことがあるような気もするし、この学校の制服を着ているし、名札の色が黄色だから同級生であることは間違いない――我が学校は学年ごとに違う色の名札をつけるのだ! 恐れ入ったか!――のだが、このクラスの生徒ではないよな。クラスメートならさすがに名前くらいわかるもんな。
「だ、だだだ誰だ! 名を名乗れ! そして用件を言え!」
 ダメだ。緊張しちゃう。強気にホワッチャネームといきたいところだが、ここ数年、同年代の女子と話した記憶がないんだ俺は。
 うっすらと色素の抜けた茶髪を、いわゆる鬼太郎バングっていうのかな、左右非対称にカットして右目だけを隠すようにセットしてさ。隠れてないほうのキレイな二重の左目がさ、机一つ挟んだだけの至近距離からじーっと俺の顔を見つめてるワケよ。そりゃもうモジモジしちゃうこと必至ですよ。
「……チッ、頼りなさそうなヤツね」
 ほら、あまりにも俺がタジタジなもんだから美少女も呆れ返ってますよ。まるで牛糞のプールで泳ぐアメンボを見るような目で俺を見下ろしてますよ。
「し、失礼なヤツだな! いきなり頼りあるとかないとか!」
 俺だって負けてられないからね。ええ、そりゃ勇気を振り絞って言い返してやりましたよ。視線が下だからナメられるんだと思ったから、勢いよく立ち上がりながらね。
 ……いやでも、立ち上がってみてビックリしたよね。俺って身長が百六十五センチなのね。まぁ男にしてはちょっと低めかもしれないけどさ、女子には負けないでしょって思ったのよ。逆に見下ろして威嚇してやろうと思ったんだけどさ……。
 俺より身長高いでやんの。立ち上がってもまだ見下ろされてるんだから。思わず美少女の足元を見ちゃったよね。実は上靴じゃなくてヒールでも履いてんじゃねぇだろうなって。もちろん真っ白な上靴だったんだけど。百七十センチの大台いってるんじゃないかな。ヒョロヒョロっと細いから俺より体重は軽いんだろうけどさ。
「なに? 実際に頼りないと思ったからそう言ったんだけど、なにか文句があるの? このアホ!」
「い、いや、文句ないです……」
 まぁ正直、戦意喪失だよね。恥ずかしながら怖気づいちゃったワケよ。そもそも女子に話し掛けられた時点でだいぶヤバかったからね。その女子が粗暴な態度で向かってきちゃったら、そりゃもう降参するしかないよね。
「ただ、できれば……まずはお名前とご用件をお聞きしたいかなぁって。俺さ、君のこと何も知らないワケだし、いきなり知らない人から声掛けられたらビックリするだろ」
 俺はなるべく丁寧に穏やかに、美少女の顔色を窺うように聞いたんだよ。
「あ、そうね。ごめんなさい」
 そしたら美少女も穏やかな顔になったよね。うん、話せばわかってくれるんだよ。同じ知的生命体なんだから、意思を通わせることは不可能じゃないんだ。
「私は二年れんげ組の板抱ヶ丘 巫女子(いただきがおか みここ)。靴岡くん、あなたにお願いがあって来たのよ」
「お、お願い?」
 なんだお願いって? 愛の告白か? 告白だよな? 絶対そうだよ! それしか考えられないって! 私と付き合ってください、ってヤツだよ! まさか金貸してくれとかじゃないよね! だって話したこともないんだよ! 話したこともない男にいきなり金貸してくれとは言わないでしょ! だったら告白しかないよ!
 実はずっとかっこいいと思ってました~モジモジって感じだよ絶対! だって俺、かっこいいもん!
 まぁ現状はモテてないけど……それは俺にモテる気がないのが原因だから。モテる気がないから身だしなみとかに無頓着だしさ。ほら、頭もボサボサでカッターシャツもヨレヨレで。けどそれは彼氏彼女とかそういうのに興味がないっていうか、むしろ煩わしいと思ってるから敢えてやってるワケよ。
 モテる気とかないんだけど、でも素材はいいから。やっぱり出ちゃってるんだろうね。なにがって、モテオーラがだよ。
 板抱ヶ丘さん……ていうか巫女子ちゃん……ていうか巫女子はさ、本物がわかる女なんだろうね。これは俺の持論なんだけどね、いい女ほどいい男を見極める能力が高いんだよ。
 まぁバレちゃったら仕方ないよね。恋愛とか興味ないけど、うん、付き合ってあげてもいいよ。友人を選ぶのと同じで、俺は恋人も厳選するんだけどね。だから敢えてモテないフリをしていたんだけど。それは言わば本物を見極められる女がいるかどうかってテストだったワケだし……。
 うん、巫女子、合格!
「……仕方ないな。わかった、付き合ってやるよ」
「え? まだなにも言ってないのにわかったの?」
 巫女子が完全に恋する乙女の顔になってるぞ。はは、まいったね、どうも。
「もちろんさ。君の言いたいことは全部わかるよ」
「ひょえ~、さすがはオカルト研究会ね」
「ん?」
「え? 靴岡くんてオカルト研究会の会長じゃないの? そう聞いて来たんだけど……」
「あ、そ、そうだよ。うん、俺がオカルト研究会『カース・ガイズ』会長の靴岡 巡ですよ」
 あれ……もしかして愛の告白じゃない?
 たしかに俺はオカルト研究会に入っているけど……。
 といっても、一年のときに担任がなにか部活でもやれってうるさかったから適当に作っただけで、活動らしい活動を一切していない、存在自体がオカルティックな会なんだけど……。会員も俺と砂太郎の二人だけだし……。
「あの、ゴメン。全部ってのは言い過ぎた。実は君の言いたいこと、曖昧にしかわからなくて。いや、曖昧っていってもけっこうそれなりには理解してるんだけど、一応、君の口から話してくれるかな」
「は? なんだ、やっぱあんまり大したことないのね」
「いやいや、念のためだよ、念のため。万が一、間違いがあったら大変だから」
「んー、アホほどウソっぽいな……まぁ、ほかに頼れる人もいないから言うけど」
「う、うん」

「私にかけられた呪いを解いてほしいの」